船が着くと、小さな宿が見えた。 『あそこで暮らせ。』 ひやりとした言葉に、彼女の鼓動が早くなる。 それでも彼を愛し、彼に夢を見続けると決意した。
それから毎晩毎晩、知らぬ男とお淫ら三昧。 死を覚悟したりもしたが、時々訪れる彼を、やはりまだ、愛してしまう。 彼が来ると外に出られ、沢山の服や下着を買ってくれ、色々な場所へ連れていってくれる。 宿は苦痛だけど、彼が居れば平気だった。
宿に彼はあまり訪れなくなり、体調を崩したのではと 彼を想うも彼女に連絡の手段は無い。 苦しい日々が続く。 一 彼に会えない代わりに、彼がくれた洋服や下着を毎日着た。 宿の姉さんに『彼が居なくなったらワタシは無くなってしまうから。』そう呟き。 そんなある日、宿の小窓から彼を見つけた。 声をかけようとしたが、可愛らしい女と笑いあっていた。 『ワタシを捨てて別のオンナと…』
彼女は宿を抜け出し、感情のままに走った。 彼女の、人間らしい部分がさらに歪んだ。 そして彼と愛を交わしたあの海へ。 誰も彼女を見ていない。 砂に悲しく足跡が残る。 そして、ひやりとした海へ、 ゆっくり、ゆっくり足を進める。 一度振り返ってみたけど、彼女を心配する人も、 探す人すら居なかった。
『さよなら。』
その言葉は虚しく、哀れに、何もなく、 ただあったのは彼女の言葉を掻き消す波の音。 「砂に書いた遺書」 さよなら。 さよなら。 一瞬の愛を、一瞬の夢を、一瞬の感情を。 何も無いのが、一番幸せだったかもしれません。 さよなら。 さよなら。 またもし目覚めるなら私はこう言うだろう。 『私は私を一番許せないから、何もいらない。 バラバラでも粉々でも、私が私である限りおぞましい。』 だから、無になる。 無になり、空に溶けよう。
さよなら。 笑ってたかった。 もう彼女には逢えない。 それだけは彼女が残した現実。 理解してほしかった。 愛されたかった。 でもいつの間にか笑えなくなってた。 彼女は夢と現実を彷徨い、何処へ行くのか。 でも理解されるふりをされるのが嫌だった。 頑張ったね。と言われたかった。 でも頑張ってねとしか言われなかった。 でもそれすら時に恐ろしくて、消えて無くなりたかった。
冷たい彼女の身体。 彼はもう、彼女を抱き締める事など無いのに。 抱き締められたいと願ったのだろう。 命を断っても、まだ彼に愛されたくて、 水際に揺れる彼女の髪の毛と白い可愛らしいワンピース。 きっと彼女の存在が、そこで彼に見付けられ、 波が彼女を攫おうとも、彼女は動かない。 宿を抜け出した彼女だ。 それは彼女が願った、彼女の終幕だった。 美しい女が水に濡れ砂浜に横たわっている。